• > 
  • ソープランドの歴史とは?

ソープランドの歴史とは?

ソープランドの名前や大まかなサービス内容を知ってはいても、ソープという業態が日本全国に広まった経緯を正確に説明できる人は少ないのではないでしょうか?ここからは、ソープランドがどのようにして生まれ、どのようにして広まっていったのか、その歴史を詳しく説明していきます。ソープランド好きなら知っていれば友達と話す時のネタにもなると思いますので、試しに読んでみてください。

かつてはトルコ風呂と呼ばれていた

ソープランドとは、といった質問に対しては、セックスしても問題にならない「風俗の王様」といった感じの答えになります。ここでは、そんなソープランドの歴史を紹介していきます。現在はソープランドといった呼び名となっていますが、かつて日本に広まった当初は「トルコ風呂」という名称で、全国的に広まっていました。このトルコ風呂は、かつて射撃の日本代表だった「許斐氏利」さんが、1951年に東京都東銀座にて個室浴場としての「東京温泉」という店舗を開いたことが始まりだと言われています。許斐さんが海外に渡航した際に入った中東の公衆浴場「ハマム」に感動したことから、日本にも広めようとしたことがきっかけと言われています。

東京温泉はサウナ施設がメインで、女性がマッサージサービスをおこなっていただけといった感じのところだったそうです。もちろん着衣ありの一般的なマッサージサービスで、性的なサービスはなかったと言われています。実際に中東の公衆浴場でもこのようなサービスはあるのですが、基本的には垢すりサービスのみで、男性の客には男性が付き、女性の客には女性の垢すり師が付くといった感じの営業となっており、性風俗といった感じのものではありません。

ところが日本では、最初にオープンした東京温泉でも女性が個室でマッサージをおこなっていたことから発展し、一部の店舗では「おスペ」と呼ばれたスペシャルサービスがおこなわれるようになっていきます。このおスペとは、女性がマッサージの最中に男性器をマッサージして快楽に導く、現在の手コキサービスのようなものを意味していたそうです。やがて、「本番サービス」を売り物にする店舗も出てきてしまい、日本のソープランドは本来のハマムのサービスからかけ離れた、性風俗が目的のサービス営業へと変わっていったのです。

日本で流行りだした理由は?

このトルコ風呂が日本で流行りだした理由のひとつに、1958年に施行された「売春防止法」があげられます。その法律によって、赤線や青線と呼ばれていたかつての売春街が廃止されていったことも手伝って、トルコ風呂が日本全国に広まっていくようになりました。1958年に始まった「東京温泉」がトルコ風呂の原点であり、先進的な店舗では個室で女性のマッサージ師と二人きりになるといったこともあり、性的サービスを加える店舗も出始めます。

最初は手コキサービスといった感じのものでしたが、後には本番サービスまでできる店舗も出てきたのです。これが現在のソープランドの原型となりました。そして、管轄からの認可が下りているといったこともあり、「吉原」の売春宿などもトルコ風呂へと変わっていったところが増えていくようになります。さらに、かつては青線として有名だった川崎の堀之内にもトルコ風呂が増えていき、1969年には、その堀之内にある「川崎城」という店に勤めていた「濱田」と名乗っていたソープ嬢が現在のマットプレイの原型となった「泡踊り」を開発します。そして同じ店の他のソープ嬢にも広めたことから、川崎のトルコ風呂は一躍有名になっていきます。

当初は、石鹸を泡立てて、マットの上でお客様に身体を密着させて洗うといった感じのものでしたが、石鹸の泡は皮膚に触れ続けると良くはないといったことから、現在ではローションを使うようになったとのことです。その「泡踊り」が週刊誌といったような雑誌などで紹介されたことで全国的に広まり、現在でも「技の川崎」と呼ばれるほどに川崎のトルコ風呂は有名になっていきます。そういった歴史もあり、徐々にトルコ風呂は日本全国で流行りに乗って広まっていきました。現在ではソープランドと改名されましたが、世の男性たちを楽しませる役割は今でも変わりません。

ソープランドに改名された理由とは

日本に初めてできたトルコ風呂は「東京温泉」といい、中東の伝統的な公衆浴場(ハマム)をそのルーツとする、単なる個室のサウナ施設でおこなわれるマッサージサービスのようなものでした。個室で女性がマッサージをするといったことから、客のほうも次第に過激さを求めるようになり、純粋なマッサージに性的な要素がくわわっていったものと思われます。

そして「売春防止法」の施行以降は、警察などからの認可が下りるようになり、トルコ風呂は全国各地に増えていきました。トルコ風呂というネーミングが定着する一方で、日本に在住および滞在していたトルコ共和国出身の人たちから、風俗店に自国名を使われることを嫌がられるようになりました。1984年にトルコから東京大学に地震学を学びにきていたトルコ人留学生のヌスレット・サンジャクリさんが、当時の厚生省に対して名前を変更することを訴えたことがトルコ風呂改称の端緒になります。テレビニュースなどでも大々的に公表されたことによってこの問題は全国的に広く伝わることになり、「東京都特殊浴場協会」がトルコ風呂に変わる名称を一般的に公募したところ、泡にまみれるといったこともあり、現在の「ソープランド」に改名された経緯があります。

日本のソープランドはもともと、許斐さんが中東にあるハマムといった公衆浴場を真似て営業した、個室サウナを使ったマッサージサービスが始まりでした。その後はトルコ風呂と呼ばれるようになり、性的サービスをおこなう店舗が出てきて、徐々に本番までもが可能となっていきます。そして川崎の濱田嬢が「泡踊り」を開発し、全国的に広まっていきました。その後、トルコ人留学生の訴えもあり改名されていきます。このような経緯がソープランドにはあり、現在では「風俗の王様」などと呼ばれるようになっていった深い歴史があるのです。

まとめ

ここまでソープランドの歴史について紹介をしてきました。残念なことに、規制の強化もあり、自治体によっては新規出店も難しくなってきていることから、店舗数は減ってきてしまっています。しかしながら、早朝サービスやコスプレなどといった、さらなるサービスをおこなう店舗も増えてきていて、激戦区になっているところも多いです。また、濱田さんのような発想力のある女の子が出てきて、新しい技が開発される可能性もあります。これからもソープランドは、働く女の子にとっても利用する男性にとっても楽しい場所となっていくことでしょう。

【免責事項】※このサイトの掲載情報については独自に収集した内容が基になっていますので、最新情報や詳細は、各川崎ソープの公式ホームページをご確認ください。